朝早く、冷たく張りつめた空気が僕を起こす
ついにこの日がやって来たのだ。
少しの緊張を抱えたまま、朝ご飯の支度をする。
食糧の少なさが旅の終わりを示している。
目の前にあるMt.ホイットニーは標高4350m
ここからの標高差は1200mにもなり、
ジョンミューアトレイルにおいて最後にして最大の難所だ。
26kgのバックパックが肩に食い込む。
ブーツと岩の擦れる音と高まる胸の鼓動だけが
青く澄みきった空に響いていく。
『あの先へ
この一歩一歩を静かにリズミカルに
胸の鼓動に合わせて
まだ見ぬ世界へ
ひとつひとつドアを勇ましく誇らしく
笑みを絶やさずに』
もう、ここには動物など住めないに違いない。
すると、岩と岩の隙間に小さき花々が咲いているのを見つける。
誰かの方ではなくて
自分の信じる方へ咲いている。
懸命に素直にひたむきに。
それはまるで、何かを成し遂げるには
周りの環境や理由よりも
勇気や幸運が必要なのだと語りかけているようだ。
最後の3㎞は標高4000mの稜線を歩いていく
右も左も白い崖
吹き上げる強風がハイカーを試す。
たとえ、真昼間でも手はかじかんでしまいうまく写真が撮れない。
昨夜テントを張ったギターレイクの全貌が見渡せる。
頂上が見えてきた。
もう、ゴールは目の前だ。
一度深呼吸をして、歩き出す。
さぁ、行こう。
ゴールの向こう側へと。
Mt.ホイットニーの山頂には
ただ、避難小屋と初登攀を記念した印があるだけだ。
そこには歓迎の言葉も、賞賛の言葉もない。
だが、夕陽が歩いてきた過去のほうへ沈んでいくと
歩いてきたすべてのトレイルが、山々が、谷々が、木々が
僕を照らしているようだった。
ここを登ったことが僕にとって重要なのではなく
このトレイルにあるずべてのものが僕にとって大切なのだった。
『僕がしたことは案外、なんでもないことなのだ。
ただ、歩くこと。
ただ、人と話すこと。
ただ、自然を眺めること。
ただ、ひとりになること。
ありふれた、あふれた
光のかけらを、闇の明るさを集めただけなんだ。
本当だよ。
誰にでもできることの中に
大切なことはいつも転がっているんだよ』
夕陽が沈むと生まれたばかりの月が笑んでいる。
よし、叫んでみよう!
「I made it !!」