禅定道を歩くこと

<禅定道を歩くこと>

@立山禅定道 2023.9.25

 

今日の朝もまた放射冷却によって凍りつきそうな空気で目を覚ます。しかし今日はとても静かだ。金曜日から立山に入り、3泊もお世話になった雷鳥沢キャンプ場は平日ともなれば人が少ない。

 

シーンとなる静かな夜も、シンと張り詰める静かな朝もどちらも私が好きな山の静けさである。それを最後に味わえたのは本当に嬉しい。私にとって山に求めるものは静けさだけかもしれない。

 

今日は山を下るだけだが長い道のりゆえに、朝陽が当たる前にテントを片付け始める。称名滝の駐車場に続く道は時間制限がある。そのことが気になるのはもちろんのこと、やはり山は早出早着を心がけて気持ちに余裕をもたせたい。その余裕があるからこそ、山を隅々まで楽しめる。

 

ただ、やはりテントや寝袋などをしっかり乾かしてから動き始めたい。なぜなら片付けている間に手は冷たくかじかんでしまうし、濡れたモノは重たいからだ。室堂からバスを使って帰る手もあるが、今日は行きとは違うルートを楽しみたい。

 

今日通るルートはクラシックルートである禅定道だ。白山同様、このルートは立山信仰の道であり、古来から宗教家や旅人たちが辿った道である。雷鳥沢キャンプ場からアップダウンの道を行き、地獄谷を眺めながら室堂まで歩く。

 

室堂は彼らが登頂前に最後に立ち寄り、休憩・修行する場所であり、室堂から少し登ったところには日本最古の立山室堂という山小屋がある。ここの歴史は鎌倉時代まで遡るという。現在では出土品のギャラリーになっているので立ち寄ってみるのも面白い。

 

現在の室堂はちょっとした観光地のように整備され、人も多い。ここまではケーブルカーやバスなどでたどり着けるため、軽装の人も多い。100年前とはまるで違う景色だろう。それはここだけに限らず全国の山で言えることかもしれない。現在の山は宗教家や一部の人の聖地ではなく、誰もが簡単にアクセスできる観光地の方が近い。

 

この室堂からクラシックルートは天狗平を突っ切り、森の中へひたすら下っていく。禅定道の禅定とは「瞑想」を意味している。瞑想自体は仏教の各宗派によって、また他の宗教でも多様な形で存在し、説明されている。

 

日本では禅宗の瞑想のように座って静かにする方法をイメージする人が多いが、音楽や動きのなかで瞑想するものもある。共通していることと言えば意識を何か一つのことに集中することと、それ以外の余計なものにとらわれないようにすることだろう。

 

修行僧はこの道の中継点でさまざまな修行をして、集中力を高め、心身を清め、余計なものをそぎ落としていく。そのためこのクラシックルートには滝があり、岩屋があり、急な斜面があり、鎖場もある。

 

滝に打たれ、岩屋で読経し、断食して、命の危険を感じながらこの道を修行していく。歩いていると余計なことを考えなくなっていく。ただ、前へ前は上へ上へと行くために必要なことを選択していく。

 

山に持っていくものは生きていくために必要なものだけに絞る。自分が持てる分だけバックパックに詰め込む。自分が1日に歩ける距離をもとにルートと行程を決める。

 

登山、とくにロングトレイルともなるとまるで昔の修行僧のように余計なものをそぎ落として、ただ歩くことに、ただ山を感じることに集中していく。

 

ロングトレイルハイカーの中で徹底的に装備品を軽くするウルトラライトハイキングが生まれた。これもまたマクロビやファスティングなどと同じように日本の伝統的な文化や宗教が西洋でおしゃれに変化して、日本に逆輸入してきたものの一つかもしれない。

 

歩く瞑想というやり方もあるが、山を歩いていると自然と感覚は研ぎ澄まされ、思考もまた洗練されていく気がする。私の場合はどうしても山に入って最初の2日間は雑念が多く、息が切れやすく、精神的にも身体的にも余裕がない。

 

しかし3日目くらいから山に入るのに必要ないものはすべて削ぎ落とされて、山と深く静かにつながっているような感覚になる。こういうときに考えることはいつも後から読み返してみると不思議な気持ちになる。

 

私は歩くということ自体に何か特別な力があると思っている。それは未だにうまく説明はできないのだが、歩くのが好きな人やロングトレイルハイカーなら分かってもらえるのではないだろうか。

 

それはただの運動という健康効果よりも身体にパワーを与えてくれるし、身体に溜まった毒素のようなものを落としてくれるし、錆びついた身体をを綺麗に整えてくれる。

 

私たちが直立二足歩行をはじめて数百万年(300600万年)も経ち、ホモ・サピエンスは現在唯一の直立二足歩行の生物である。歴史学者や人類学者は直立二足歩行の効果が手の解放であることを主張するが、私には心や身体にも大きな影響を与えたと思っている。

 

ただ、これもまた不思議なことなのだが、やはり山道を歩くことと都会のアスファルトの上を歩くのでは全然違う。江戸時代に三大霊山を始め、熊野詣や伊勢詣で流行ったように都市部から離れ、山道を歩くことは人間にとって特別なことのようだ。

 

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大学卒業後、国内国外旅してきて

 

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その風景写真と短い言葉たちを

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そのページをまとめたものです。

 

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