<ハーフデイ テカンス>
@雲の平への旅 2023.9.29
富山県側の雲ノ平への玄関口である折立に到着すると、すでに駐車場には車がいっぱいだった。
ここまでの有料道路は夜間の間、閉鎖されていることを考えるとすでに山に入っている人たちか、この駐車場で車中泊をした人たちだろう。
折立にはテント指定地もあったのだが、近年はクマの出没が多発していることもあり、使用が禁止されている。
折立からは立山連峰の薬師岳に登ることもできるし、裏銀座の名峰野口五郎岳にも行くことができる。
両方とも健脚なら日帰りも可能だし、ゆっくり登山派でも山小屋を利用して1泊2日も楽しめる。
そして、日本最奥地・最後の秘境とも呼ばれる雲ノ平まで朝早く出発すれば夕方に到着することも可能だ。
そして、薬師岳・雲ノ平・野口五郎岳を縦走するコースを縦走する人もいる。
しかし私のこの旅では薬師岳にも野口五郎岳にも登らず、雲ノ平を目指す。行程は2泊3日だ。
初日の今日は薬師岳の麓にあるキャンプ場までだ。登山マップの目安時間で言えば5時間足らずである。明日は雲ノ平に宿泊する。
おそらくこの日程で雲ノ平までの往復をする人はあまりいないだろう。
それくらいゆったりとした日程となる。
山の醍醐味は何かと聞かれたら、間違いなくこう答える。
「山でゆっくり過ごせば分かるよ」
日本の登山愛好家は忙しい。いや、日本人全体が常に忙しい。
みんなせかせかと、目的地に向かって突き進む。
朝早く出発し、夕方に宿泊地に到着して祝杯をあげ、そして朝早く出発してしまう。ほとんどの人が土日などの短い休日を利用して山にやってくるのだから、仕方ないのだが。
ただ現代人の残念な特徴は速く歩けるくせに、遅く歩くことができないことだ。それはあらゆる社会問題の根本に通じる。
その姿はトレッキングがスポーツの一つとして紹介されるように、汗をかくことと目的地に到達するのが一番重要なことのように思える。
私はそんな風に山を旅しない。
山の気配に添うように、風の表情を読むように、水の流れに身をまかせるように歩いていく。
そして、気に入ったところがあれば、腰を下ろす。
お気に入りの飲み物を用意し、街から持ち込んだお気に入りのお菓子を取り出す。
ときに読みかけの本を取り出し、ときに下手くそなカメラを取り出す。
どうしても、日本の山旅ではテントが張れる場所や天気の都合などで忙しい日が多くなる。
しかし、その中で私はハーフデイと呼ばれる日を必ず設ける。
ハーフデイとはその名の通り、1日のうちの半分午前中だけ歩いて、昼間にはテントを張り、そのあとは休む人のことだ。
これは海外のロングトレイルハイカーたちが全く歩かない日(ゼロデイ)を設ける習慣を参考にしたものだ。
私がアメリカのロングトレイルの聖地ジョンミューアトレイルを歩いた時に、教えてもらい、試してみた。
しかし、私には一日中同じ場所にいるのは苦手だった。
それよりも少しだけ移動して、テントを張る場所を変えて、その土地での時間をじっくり楽しむほうが好きだった。
少し場所を変えるだけで、気持ちも景色も変わり、リフレッシュできた経験から、私は山旅では必ずハーフデイを設けるようにしている。
この日を設定することでのデメリットは山旅の日程が長くなり、その分食糧が増え、重くなることだろう。
さらに悪天候に見舞われる可能性も増える。
しかし、それでも私はこのハーフデイを設ける。というよりも、今あげたデメリットのほとんどが私にとってはメリットだからだ。
山にいる時間が長くなればなるほど、山の醍醐味が味わえる。身体に染み渡っていくように感じる。
山をアウトドアとして楽しむのではなく、インドアとアウトドアが融合したスタイルで楽しみたい。
この2泊3日の旅のうち、1日目と2日目はどちらもハーフデイと呼んでもいいくらいだ。
昼過ぎにはテントを張り、あとはゆっくり思いのまま過ごす予定だ。
以前、白山で出会ったハイカーが「テカンス」という言葉を使っていた。「テント」と「バカンス」を合わせた造語だという。
この言葉はとても素敵だと思った。しかも、場所がオートキャンプ場ではなくて、歩いて1日以上かかるところでするのはさらに素敵だ。
最近のキャンプ場は人も多し、人口音も多すぎるから、山の気配に包まれながら暮らすことができなくなってしまった。
私の山旅はテカンスのようなものかもしれない。
日頃の暮らしの中で満たされない何かを私はこの山奥で満たそうとしてやってくる。
どうしても現代社会の中で暮らし、活動すれば、忙しくなる。心も身体もすり減っていく感覚がある。
そんな頑張った自分にご褒美をあげるつもりで私は山に長期間入る。
だから、私にとって山旅はスポーツにはなり得ない。ここまで来て忙しくしていたら、いったいいつ休めばいいのだ。
山には山の時間が流れている。その時間に身をまかせるテカンスは街では決して再現することができない。
そのためには、ゆっくり過ごすしかない。
もし、あなたが山に街にはない何かを求めてはいるのなら、ゆっくり過ごすことを目的にしてもらいたい。それは体力が落ちてからの楽しみにするにはもったいないくらい贅沢なものだから。