<お気に入り山>
@雲の平への旅 2023.10.1
山に長い時間入っていると、一人で行動していても大抵誰かと人見知りになり、そして気がつけば仲良くなる。
それもまた山を旅する醍醐味の一つだ。
今回の旅では私はすべてテント泊だったが、すぐ近くに山荘があり、そこに泊まっている女性の方2名と仲良くなった。
3日目のお昼に彼女らと同流すると、昨夜のことを心配してくれた。
2泊目の雲ノ平では夜の大雨の影響で、テントの中はびしょ濡れになるほどだった。
高山地帯での雨は冷たいばかりか、視界が遮られるほどの雲のなかでもある。
そして、木がなく、土が少ないために雨が降れば大地に突如として川のように水が流れていく。
そのため雨の中移動することも、テント泊することも危険が多い。
それ以外にももちろん、山にはたくさんの危険が潜んでいる。
だからこそ、私たちは顔見知りになって人と再会すると嬉しくなり、話が弾む。
ちょうどどちらも休憩を取るタイミングだったので、
私たちは山小屋前にあるベンチに腰をかけて、少しの間お互いの話をすることにした。
二人ははじめての雲ノ平への旅だったようで、雑誌で何度も見ていた憧れの風景を十分に楽しめたようだ。興奮交じりに話を聞かせてくれた。
そして、何よりも楽しみにしていのが雲ノ平山荘でのご飯には大満足だったという。お代わりを何度もしたらしい。
テント泊の私もテーブルは違ったが、彼女たちと一緒に夕食を楽しんだ。
というのもテント泊の人でも人数に空きがあれば、当日に夕食を頼むことができる。
雲ノ平山荘の食事はどれも好評だが、夕食の石狩鍋は日本の山小屋の料理の中でベスト5に入ると断言してもいいだろう。
私もその石狩鍋が好きで、この雲ノ平山荘に足を運ぶ。
実は私は今回の旅で雲ノ平は3回目だ。ただし、富山県側の折立から入るの初めてとなる。
私にとって雲ノ平は何度も足を運びたくなる地域であり、お気に入りの山でもある。
私のように山を愛するハイカーたちの中には定期的に何度も足を運ぶ山がある。足を運んでしまうお気に入りの山がある。
そういった山を持つことは山を愛している人たちにとって共通事項だろう。
そして、私が登山初心者たちにオススメしていることでもある。
同じ山に何度も足を運ぶことで得られることはたくさんある。
日本の四季がきめ細やかに、さまざまな姿を表してくれるように、山の四季の洗練された風景を見せてくれる。
ハイカーたちはその美しさに魅せられるのだ。
違うルートを歩くだけでも景色の違い、植生の違いに驚くのもまた日本の山の面白いところだ。
また同じルートを歩いても、今まで気がつかなかった宝物にたくさん出会うことだろう。
山の美しさ、いや地球の美しさには底がないようだ。
そういった楽しみの他に受ける恩恵は「現在の自分」を知ることができることだろう。
とくに体力を知れるのは大きい。
どうしても30代を迎える頃から、体力は落ちていく一方だ。
定期的にトレーニングをしていないと、そのスピードは驚くほど早い。
お気に入りの山に足を運べば、自分の体力を以前と比べることができる。
他の山やルートでは比較することが難しいから、過信からのルート・行程選びの失敗を防ぐことができる。
他にもお気に入りの山を持つことから受け取る恩恵はあるのだが、今回はここまでにしよう。
彼女たちが登山を始めたのは育児がひと段落した40代後半からだという。
そこから約5年かけて、ついに念願の雲ノ平へとやってきたそうだ。
彼女たちにとってこの旅は一つの目標であり、一つの挑戦だったようだ。
私はそれを無事に終えようとしている彼女たちを祝福した。
次の目標に「ネパールのヒマラヤはどうですか?」とオススメしたが、それについては笑ってかわされてしまった。
彼女たちとは最後の1時間、折立までの下り坂を一緒に歩くことにした。
私は彼女たちとともに歩きながら、少しばかりこの山の特徴について話をした。
その度に足を止めて、クイズを出しながら楽しく歩いた。
山を楽しむためにガイドを雇うのもアリだが、知識一つあるだけで一気にその山と仲良くなれる。
山を歩くスピードを気にする人たちは多いが、スピードは早ければ早いほど山のことを知ることができない。
そういうハイカーはたいていピークハントが目的で、おそらく百名山制覇が目標だろう。
お気に入りの山に何度も足を運ぶ山の楽しみ方とは違う。
ピークハントの思い出は記録ばかりになる。天気や時間、眺望の思い出はあるが、足元の草の思い出はない。
変わって速さよりもどれだけ楽しむかが目的のお気に入り山の思い出はその旅の記憶ばかりとなる。
記憶は思い出すことがたくさんある。感情が揺れ動いたモノやコトはすべて記憶となり、心の中にも身体の中にも染み込んでいく。
その記憶がまたお気に入り山に訪れた時に楽しませてくれる糧となる。
せっかくの休日に山を旅するなら、せっかく仲良しの人と山を旅するなら、せっかく新たな出会いを祝福するなら、
山は速さよりも楽しさを大切にしたい。
今日も無事に下山できたことを彼女たちと祝福し、私たちはそれぞれの家へと向かった。